井上靖『断崖』
空き家を片付けていると、たくさんの書物が発掘されました。
多くはボロボロだったり黒くなってたりで処分してしまったのですが、状態がよいものについては、これも何かの巡り合わせということで、なるべく読んでみることにしました。
一冊目は、井上靖『断崖』です。
解説には「井上靖が昭和24年の下半期の芥川賞を受賞して文壇に出てから、ほぼ四、五年の間に発表されたものばかりで、初期作品群に属する。」とあります。15の短編が収められており、ネットで検索しても、それほど件数はひっかかりませんでした。Amazonでも古本で3点あるだけでしたので、それほど部数は多くないのかもしれません。
読んでいて驚いたことは、だいぶ前に高校受験用の国語の模試で見た文章が収められていたことでした。それは「蜜柑畑」という短編です。国語の問題を読んでいると、印象に残る文章とそうではない文章がありますが、「蜜柑畑」は私の中ではかなり印象に残るものでした。
農村で小学生である主人公と同級生が、同じ村の女の子ためにミカンを木からもいで落としてやるのですが、女の子は次々と落ちてくるミカンをあちこち走り回って拾い上げているように見えて、実は主人公の落とした蜜柑だけを拾っていた、という場面が抜粋されて問題文となっていました。
そして、今回作品として初めて「蜜柑畑」全体を読んでわかったのは、国語の問題で使われていた部分は作品の真ん中の回想の場面であり、その前後で書かれていたことは、
・女の子は村一番の名家の美しい娘で、小さいミカン農家の主人公とは身分が違うこと
・いっしょにミカンをもいでいた同級生は苦学の末に東京の大学に進学してその女の子と結婚すること
・主人公はその女の子のことを好きになっていることに気づき、同級生に憎しみを抱くようになってしまったこと
でした。
回想の場面だけでは、主人公が女の子に好かれてていい感じ、なのですが、話全体では、そういうことが過去にあったからこそ、主人公が今の自分の現状にやるせなさを抱いている、というものだったのです。
今回読んでから初めて気づいたんですが、たしかに回想の場面は主人公にとってウキウキな状況であるにも関わらず、その文体が暗いんです。回想部分の抜粋だけを読んだとき、その暗さには気がつかなかったなあ、と思いました。
ほかの短編も、さまざまな距離感の男女の決着、決別といったものが多かったです。
「表彰」を読んだとき、ハリウッドザコシショウの「ヤバいサラリーマン」というネタを思い出しました。
私は今まで井上靖の作品で読んだものは『敦煌』と『風林火山』だけだったのですが、やっぱり作家がもっている幅ってすごいよなあと思いました。
あと、こういうところから国語の問題を作ろうとする人もすごい。