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藤本義一『鬼の詩』

空き家から発掘された書物ですが、今回は藤本義一『鬼の詩』です。

 

帯の雰囲気が時代を感じさせます。

直木賞受賞作ということです。

私は無知で不勉強で不器用で猫背で味音痴なため、著者の藤本義一という方を存じ上げなかったのですが、ウィキペディアによると、放送作家でもあり、テレビ番組の司会などもされた方であったそうです。

 

この本には6つの短編が収められており、表題となっている「鬼の詩」も含めて、明治ごろの上方の芸人を描いたものでした。

人を笑わせる芸を突き詰めようと苦悩する芸人の姿を描いたもので、よく現代の又吉直樹『火花』と対比されるそうです。

 

しかし、ヤバさが違います。

表題の「鬼の詩」に出てくる落語家は、最初からちょっとおかしいんですが、子どもの死、妻の死でだんだんその狂気が際立っていき、高座でなぜか電球なめたり、客に馬糞を食べさせられたり、そしてそれが大ウケだったり。でも一番ヤバいのが、ほぼ同じことをやっていたモデルが実在したというところではないでしょうか。

 

おそらくほかの5つの短編も、芸人の間で語り継がれてきた伝説をモチーフに作られたもので、とにかく昔の芸人は、過酷、凄惨。一銭小屋という格安で見られる劇場で芸を披露する一銭芸人という人たちも出てくるんですが、今でいう地下芸人なんてものではなくて、貧乏で精神的にも消耗して、死と隣り合わせの状態で芸を披露しているのでした。

 

今活躍している芸人は、テレビにあこがれて、賞レースのために切磋琢磨しているクリーンな存在に見えてしまいますが、昔は本当に「堕ちる」ものだったんだな、ということが垣間見える作品でした。芸人は堕ちているから縛られないんですが、私たちは縛られている。私たちの本当は縛られたくないという気持ちを、芸人にぶつけたり、背負わせたりすることで、解放させているのかもしれません。